【卒業生インタビュー】髙島遼也(株式会社文房堂/販売員)

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髙島遼也(株式会社文房堂/販売員/2017年卒業)※2020年12月現在

絵を中心に人脈が広がり、動けば動くほど未来が変化していくことを実感した。

① 高校時代の私

何事も続かずに挫折してしまった高校時代、自分がやりたいことを模索していた。

 高校時代、私はほとんど学校に行っていませんでした。中学校まではサッカー部員として充実した毎日を送っていましたが、高校では周囲との人間関係やコミュニケーションの取り方に悩み、次第に不登校になってしまいました。2年次に通信制高校に入り直し、高卒認定試験はパスしたものの、その後も将来について何か考えるでもなく、毎日夕方になるまでふらふらと知らない町を散歩したりして過ごしていました。一度は大学で建築を学んでみようとセンター試験を受けてみましたが、失敗。サッカーも断念、大学受験も失敗、自分の好きなものって何だろうな、最低限続けられるようなものって何だろうと考えた時、「絵を見ることは好きだな」と気づき美術館に足を運びました。そこで絵に関わること、何かを作ることだったら続けられるという気持ちになり、OCHABIの体験授業を2度受けてみました。ここなら絵を全く描けない自分でも、予備校に通って美術大学に入るよりも早く、美術の基礎や表現力を身に付けられるかもしれないと考え、進学を決意しました。

② OCHABIで学んだこと

人との出会いが刺激になって、無我夢中になれるものが見つけられた。

 OOCHABIに入ったばかりの頃は、正直、授業についていくのがやっとという感じでした。入学した時点で周りより三年歳上で、その上奨学金も借りていたので、日々学んだことを無駄にしないよう必死で課題をこなしていました。特に産官学連携授業では、今まで人生で関わってこなかった美術系の人たちの発想力やアイデアに圧倒され、カルチャーショックを受けました。そのようにチームワークを学びつつ、一方でデッサンやグラフィックスキル、様々な絵画技法の授業を取る中で、画家をしている先生と出会い、自分も画家になりたいと思うようになりました。OCHABIに入るまでほとんど絵を描いてこなかったというコンプレックスがあったので、時間を見つけては自宅でデッサンを練習し、放課後に自分から先生にどんどん声を掛けて講評してもらいました。それからも毎日のように放課後は先生にモチーフを組んでもらい、本当にスケッチブック十数冊ぶんも絵を描きました。おかげでデッサンの基礎がしっかり体に染み付き、何よりも一生夢中になれるものに出会うことができました。

③ 現在の私

社会人にも作家にもなれたのは、OCHABIでの放課後の日々があったからだ。

 現在は、学生時代からアルバイトをしていた株式会社文房堂で、画材や紙などまさに絵を描くことに関する商品を取り扱う部署の販売員として働きながら、作家活動をしています。お客様からの「こんな表現がしたい」とか「この画材を使うとどんな風になるのか」など描くことに関する質問や相談に答える時、OCHABI時代からたくさん絵を描いてきた経験や知識がとても生かされています。上司や同僚も絵が好きな人ばかりで、みな社員同士の作家活動などにとても理解があり、今の会社は工夫次第で作品制作の時間を作れる環境にあるといえます。最近は休日になると、浪人中と同じようにふらふら町中を散歩して、自然のままにうねりながら生えている植物や、奇妙な形でものに絡まっている植物などを観察して絵のモチーフにしています。先日、ochabi時代にお世話になった先生から紹介してもらった同世代の制作活動をしている友人から声を掛けてもらい、初めてグループ展に参加することが決まりました。OCHABIの授業でもスケジュールを立てる重要性を繰り返し学んできたので、一人の画家として最高のパフォーマンスを発揮するためにも、学んだことをすべて実践していきたいと思います。

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