【卒業生インタビュー】赤羽風太(デザイナー、コーダー)

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赤羽風太(株式会社Newbees/デザイナー、コーダー/2017年卒業)※2019年02月現在

クリエイティブな直観の裏側に、ロジカルな判断が働いていることを学んだ。

① 高校時代の私

合気道に励んだ10代、気持ちが勝ったという理由だけでクリエイティブ系の進路を決めた。

 私は、学生が不良かオタクかに二極化しているような高校に通っていましたが、私はそのどちらとも仲がよく、それなりに楽しい高校時代を過ごしていました。部活動はしませんでしたが、小学校高学年の頃に始めた合気道の道場に通い続け、現在では三段を持っています。高校三年生で進路を考え始めた頃は、IT系でプログラムを学びたいと思っていたのですが、浪人した時に小さい頃から何かを作ることが好きで、今では自分でアクセサリーを作っていることや、きれいな絵を見ることが好きだったことを思い出し、ITよりもデザインがいいなという気持ちが勝り、美術系の専門学校を調べ、直感的にOCHABIに決めました。母親からは専門職を学ぶのなら就職した方が早いとアドバイスされましたが、私が「OCHABIに行く」と決めたことを伝えたら、そこまで決めたなら自分で全部やるんだよと納得してもらえました。こうした経緯もあって、金銭的には両親から最初の入学の時だけ手伝ってもらい、その後は奨学金を借りるなどして自分で学費を払いながら通いました。

② OCHABIで学んだこと

色んなことをやってみよう、そこで得られるものがあるんじゃないか、と前向きになれた。

 OCHABIでの思い出は、やはり産官学連携授業です。社会人になった今も同じですが、何かをデザインするとなるとクライアントがいるので、その人との接し方とか、こういうデザインが欲しいと言われた時の相手のニュアンスの感じとか、共感の得る方法とかを学びました。そういった部分では、相手の力を使って技を掛けるという合気道の経験も活きていると思います。あと授業はもちろんですが、何よりも同じデザインを志向する友達がたくさん出来て、感性を刺激し合えたことが今でも大きな財産になっています。OCHABIでは遊びにも学びにもクリエイティブな意識が働き、面白そうな出来事を互いに提案し合うことで毎日を楽しく過ごすことが出来ました。学年が進むごとに、色んなことをやってみよう、そこで得られるものがあるんじゃないか、というムードが自然に盛り上がり、みんなの思いつきで茨城のスケートボードパークまで行って、朝までずっと滑っていたことや、卒業旅行で三宅島に行き、軽トラックを借りて島を一周したことなどが印象に残っています。

③ 現在の私

なぜそのデザインが必要なのか、OCHABIでの学びがデザイナーとしての根本にある。

 現在の私は、転職活動を経て株式会社Newbeesという会社で働いています。というのも私は、新卒入社をせずに卒業してから就職活動を始め、就活サイトで見つけた会社でキャリアをスタートさせたのですが、そこでは結婚式のランディングページのデザインをしていました。しかし9カ月ほどで会社の資金繰りが悪化して、給料の未払いが続いたので、転職活動をしなければならなくなりました。労働基準監督署で未払いの請求の手続きをしながら仕事を探したのは、滅多にない経験だと思っています。それでも、中途採用でよい会社を見つけ、現在は、アプリケーションのデザインやWEBサイトのコーディングをやらせてもらっています。特に最近は、電話で著名な占い師と直接お話して、悩みを相談し、運勢も占ってもらえる、その業界では有名なサービスのアプリをデザインしています。クライアントと打ち合せをする時は、なぜそのデザインが必要なのかをきちんと説明するようにしています。どんな仕事であれロジカルに説明する姿勢をOCHABIで身に付けたおかげで、経験を積むほど、クライアントに納得してもらえるプレゼンテーションが出来るようになりました。

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