卒業生インタビュー<高橋萌さん>

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現在、広島県尾道市の帆布工場にお勤めの卒業生、高橋萌さん(2011年卒業)はどんなOCHABI生だったのか、インタビューしました!

【プロフィール】
高橋萌 尾道帆布株式会社
「御茶の水美術専門学校 プレゼンテーションフェスティバル」アートフィールド優秀作品賞受賞
「御茶の水美術専門学校 オータムプレゼンテーション」審査員特別賞受賞
御茶の水美術専門学校デザイン・アート科を卒業後、武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザインクラフトデザインコーステキスタイル専攻3年次へ編入学。


Q1.現在何をしていますか(2014年)
A1.帆布工場で帆布の製造に関わる仕事をしています。
帆布とは、木綿や麻を原料として平織りで織られた厚手の布をさします。工場では、海外から輸入した原料となる綿の糸を撚り合わせ、帆布の厚みに応じた太さの糸を作り、昔ながらのシャトル織機に糸をかけて織っていきます。自分は主に経糸や緯糸の準備から、実際に織機を稼働させ布を織る仕事をしています。
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Q2.OCHABIへの進学はどうやって決めましたか
学校説明会の様子
A2.高校の頃は試験やテストのための勉強が嫌いで、特に大学進学は考えてませんでした。
いくつかの専門学校へ見学に行きましたがOCHABIの体験授業で、初めて木炭でのデッサンをしたり、絵本を作ってみたりして、絵を描くの楽しい!と思い入学を決めました。また祖父母や両親が、酪農や農業を営んでいて、祖父は自分で竹炭を作ったり竹籠を編んだりと、暮らしの中から生まれるものづくりをする人が周りにいる環境だったせいか、自分の生活を自分の手で作りたいという思いがどこかにあって、ものづくりの世界を選んだと思います。
*写真は現在の体験授業の風景です。

Q3.入学してからの1年を振り返り、印象に残っていることはありますか(2008年)
A3.粘土で作った塑像を石膏で型取りをしたり、ピンホールカメラで写真を撮ったのが楽しかったです。その他にも映像など色々なことをした記憶があります。
チームで企業に提案をする授業は、好きではなかったです。木のおもちゃを提案する取り組みで作ったモックアップのひとつがとても重量のある仕上がりになってしまい、またプレゼンテーション当日に配布した資料がその下敷きになるというアクシデントがあり、内心とてもヒヤヒヤしていたことを覚えています。 
当時は主にアート系の授業をとっていたので、自己の内面を表現するような作品を作っていました。
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Q4.2年生の時に印象に残っていることはありますか(2009年)
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A4.とにかく遊んでいました。
音楽だったり自分の興味のあることに対しては、貪欲に行動して楽しんでいた気がします。また気になる展示会情報をチェックしては、友人たちとギャラリーや美術館巡りをしていたと思います。
 






Q5.現在の活動で役にたった授業は何ですか
A5.染色という授業です。
染色の授業では、絞り染めによる浴衣の制作や型染めによるタペストリーの制作をしたのですが、技法から作品の制作に入るのは初めてで新鮮でした。これまでは主に感覚的な表現しかしていなかったところに、まず技法があってから、表現に繋がるという世界を知りました。織りとフェルトの授業もとてもおもしろかったです。ただ、織りの最初に経糸と緯糸の計算をすることや織り機に糸をかけて織り始めるまでの準備が苦手で、当時は向いてないなと思っていました。
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Q6.2年生は進路決定をして行く時期ですが、どのように考えていましたか
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A6.就職をしなければ食べていけないという、強迫観念に追われていました。
親からも「就職はどうするの?」と言われたり、友人たちとも「どうしよう」と不安になり、就職をする意味、働く意味、お金を稼ぐ意味が全くわからずに、就職を迫られる状況に憤りさえありました。



Q7.3年生の時に印象に残っていることはありますか(2010年)
A7.9月の後半頃、大学進学を意識し始めました。
就職活動を促す空気に周りも就職活動や進学準備を始めていて、その雰囲気に押され焦って2社ほど受けましたが通るはずもなく、時間だけがどんどん過ぎていました。そんな中、テキスタイルの授業で出会った先生と話をしている中での「大学に行けば?」という言葉に、まさか自分が大学に行くという選択肢があるのか!という驚きがありましたが、自分の中でももっと表現の技術を学びたい!という思いもあり、先生方の助けや多大なるサポートを頂きながら、編入学試験のある12月までの約2ヶ月間は猛烈に準備を進めました。在学中の中で、一番集中してひとつの目標に向かいとにかく突き進んだとても貴重な時間だったと、今となっては思います。本当にこの時サポートしてくださった先生方や、きっかけを与えてくれた先生には感謝の気持ちで一杯です。
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Q8.卒業制作について聞かせてください
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A8.手描きの友禅染めのタペストリーは、布に染み込む染料ならではの色の見え方を、その時の自分に出来る限りを最大限表現したいと思い制作しました。試験後に制作をはじめ、布を染める気持ち良さや楽しさを感じながら制作に没頭できました。
顔料によるシルクスクリーンプリントでは、リピートのつけかたや色のバリエーションによって1枚の布の広がりや見え方がこんなにもちがうのかということを感じました。
卒業制作の時期と大学の編入学試験に向けての作品制作が重なってしまったこともありコンセプトがばらばらの作品になりましたが、自分としては集大成としての卒業制作ではなく、はじまりとしての制作でした。


Q9.卒業後はどのように過ごしていましたか(2011年〜)
A9.大学でテキスタイルの勉強をする中で、織りの面白さに気がつきました。
染色をしたくて入学したのですが、様々な課題に取り組む中で、苦手だと思っていた織りの魅力に気がつき、織りでの表現を大学時代は主にしていました。就職の時期が近づきつつある4年生の秋頃、インターンシップで広島県尾道市を訪問した際に現在の職場になる尾道帆布の工場を見学して「ここで働きたい」と思い「ここに住もう」とその時決めました。出会ったタイミングもよかったと思います。
綿のホコリが積もった梁や、機械油が染み込み鈍く光る板張りの床、昭和初期から動くシャトル織機が大きな音を立てて帆布を織っている工場内は、まるでタイムスリップしたかような魅力的な空間でした。またその場所で何十年と働くお父さん(社長さん)とお母さん(奥様)の、日々朝から晩まで淡々と仕事をこなす姿。そこには言葉にしないけど、仕事への愛着やものづくりへの思いが込められていると強く感じました。そんな風に仕事をされている方が身近にいる今の環境は、とても恵まれていると思っています。
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Q10.今後の予定は?
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A10.具体的な行動目標というよりは、まずこの土地でしっかりと自分の生活を、衣食住を自分の手で作っていきたいと思っています。
こちらにきて驚いたことは、尾道市以外の土地から移住してくるIターンの方が沢山住んでいて、みなさん比較的若い方が多いのも印象的です。
そして、地元のおばちゃんやおじさんとも仲が良く、様々なローカルな情報を共有し合っているように感じます。
わたしも、実際にこちらに住んでみて周りの人々の優しさを感じることが沢山ありますし、若い人が来てくれた!というだけでとても喜んでくれる地元のおばあちゃんもいたりします。
平日定時まで仕事をして、空いた時間や休日に小さな畑を作ったりすれば、大金を稼がなくてもまずはご飯を食べ生きていくことができます。企業に就職して稼がないと生きていけないという訳では必ずしもないと思うので、地方には仕事がないと思われがちですが、日本中どこでもとりあえずインターネットが使えたら仕事ができたり、デザインが出来るというだけで色んなところで求められると思うので、もしかしたら地方の方がデザインを出来る人を求めてくれるのかもしれないとも思います。皆さんも、思い切って地方へ出てみるとまた違った見方が広がると思います。

高橋萌さん、ありがとうございました!
注)在籍当時とインタビューした時点では授業内容に変更があります為、本文中に出てきた授業には現在行っていない内容もあります。